地震

今日、帰宅直後の午後8時45分頃だったと思いますが、地震が有った。可なり強く、長く揺れた。震源茨城県沖とのことで、茨城県鉾田市では震度5弱を観測。
まぁ、大事に至る事は無かった地震なのですけどね。そう言えば今月の23日で新潟県中越地震発生から早、一年が経つのですね。両親の実家(出身)が新潟県で、わりと震源地から近かい地域だったにも関わらず幸いにしてか、被害を受ける事は、無かったのだけれど・・・。
話は変わりますが、今日の新聞に18日、新潟県は、兵庫県と防災協力協定を結ぶと発表した記事が記載されていた。中越地震阪神大震災の経験と教訓を共有する事で、それぞれ両県の防災対策に生かし、東海地震など今後発生する恐れが有る大災害に対して応援体制を確立するのが狙い。23日に新潟県長岡市内の仮設住宅地内で協定の調印式を行う予定だ。
協定は、防災力を高める為、両県が持つそれぞれの地域防災計画や災害に関する調査研究結果などの情報交換をし、講演会などで、人材交流や防災対策の共同研究を行うなど、平時の相互協力に重点を置いている。亦、全国の防災対策推進の為、住宅共済制度など両県の先駆的な防災施策の推進や情報発信を行っていく模様で、他にそれぞれの県で大災害が発生した際、職員の派遣など相互応援や救援活動に必要な物資や資機材の提供などについても定めている。
この様に各県単位、市町村単位での災害に対する防災体制を確立する事は、大いに今後の教訓に生かされるで有ろうが、行政にも限界がある。我々国民は、地震や大災害で窮地に陥った時、最後の救いを政治に求めるしかない。然し、この十年間、政治は十分に機能して来なかった。「災害有事」に対応出来る危機管理体制を確立し、国民の命を守れる政治に変えなければならないと思う。
新潟県中越地震が起きた時、小泉純一郎首相は都内の映画祭会場に居て、地震一報のメモが届いたのは、発生十数分後の事だったそうで、首相官邸対策室の設置は、発生から4分後。36分後には、陸上自衛隊の映像伝送装置を搭載したヘリが現地へ向かったとの事。新潟県知事が自衛隊に対し、正式に派遣要請をした時には、既に隊員30人が、現地で活動可能な状態になって居たそうだ。反対に、阪神・淡路大震災では、当時の村山富市首相に惨状が伝えられたのは、発生から6時間以上も経っての事だった。村山氏は「危機管理の体制に欠けていた、といかように責任を追及されても、弁明出来ない」と、悔やんでいる。初動が早ければ、もっと多くの命を救えたかもしれない。
この二つの地震で多くの悲しみが有りましたが、この教訓が、今後、大地震が起きた時に生かされる事を説に願います。何か湿っぽく為っちゃった。